「記念のモノを残さない」との葛藤と、気づいたこと

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こんにちは、くらためです。

ゴミの日だった先日、小さなものをバンバン捨てました。

でも記念品はなかなか捨てられません。

今ちょうど「記念に残しておこう」とモノが増えがちな時期にあるのですが、ここで気をつけないと物で溢れるな・・・と自覚しています。

捨てられないならいっそ、記念をモノで残さないようにしたい。でもそれがあなただけの記念じゃない場合は?

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日用品は捨てられる

先日捨てたのはこういうもの。

ミニマリスト的にはつい「断捨離した〜」とか言いがちですが、これは単に「使い終わったゴミを捨てた」ですね。

携帯用の歯磨き粉(3本あった)を使い切ったことには大変満足しています(笑)!

こういうのは本当にバンバン捨てられるようになりましたよ。使い切っていなくても必要あるなしで選べるようにもなった。

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記念の品は話し合おう

引っ越してわずか1ヶ月で部屋には多くのものが増えました。

自分たちで選んだ品だったり、愛情や友情やその他もろもろの心情に溢れたありがたい品々です。

写真を撮りに行けばデータにしますか、アルバムにしますか、枚数はと決断を迫られます。その時使った装飾品をとっておくかと聞かれました。

多くの方からモノをいただく機会があります。

どれこもれも記念のモノ。様々な思いが宿るであろう、大事にすべきモノ。

それはわかっているのだけれど、ここ数年ミニマリズムに傾倒してしまっているが故にどうも思ってしまうのですよ。

・・・別にいらなくね?(´∀`)

その気持ちに正直に、素直に、最初から記念をモノで残すという選択肢を捨てるか、さっと手放すかできることならればいいのです。

でも、自分だけのモノじゃない場合はどうか

彼がもらったモノはもちろん私に捨てる権利などありません。

他人(とここでは敢えて言います)のいるいらないを判断することはできないし、してはいけないと多くのミニマリストの先人が熱を込めて語っている。

そうなるともう話し合うしかないです。しかもあくまで「話す」だけで、「合わせる」ことを強要はできないのです。

ミニマリストブロガーの皆さんがいかにしてあっさりがっさり捨て、家にモノが入るのを食い止めていらっしゃるのか。どのように話を進めていらっしゃるのか。家族がいながら持たない ていねいな暮らしを続ける先人の知恵はどこから・・・?

謎すぎだよっ!改めて尊敬だよっ(ノД`)

と同時に、今まで自分がいかに自由にしてきたか(できてきたか)を思い知ります。一人で暮らしてミニマリスト〜とか言うのは「うん、勝手にやってろ」済むわけで、全てが自己決定で割と簡単だったのだ。ドヤッてたけど。

自らを振り返り、そう実感した1ヶ月でした。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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